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◇古賀攻(こが・こう=毎日新聞政治部長)
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)問題とは、詰まるところ、グローバリズムとナショナリズムとの調整プロセス、言い換えれば、国境を持たない市場と主権国家との駆け引きであろう。
国内の反対勢力から激しい突き上げを受けながら、生き馬の目を抜くような外交交渉の渦の中に飛び込む。時の政権にとっては実に分が悪く、厄介な話ではある。ただ、日本がこれからも通商国家、海洋国家として生きていくのであれば、新たなゲームのプレーヤーとして有利なポジションを目指すしかない。政治がそのストレスを拒んでいたら、理論的には鎖国に近づいてしまう。
野田佳彦首相はTPP参加について就任時から前向きな姿勢をにじませてきた。問題は、結論を出す過程で議論の共通基盤を築き上げたか、トップリーダーとして国民の胸に響く言葉を発したか、である。
◇裏目に出た「熟柿作戦」
貿易自由化の議論は、感情的な「農業切り捨て論」と結びつきやすい。国内農業の構造的な弱さは、TPP問題が浮上する以前から克服すべき課題であったにもかかわらず、歴代政権の怠慢によって放置されてきた。農業を担う層の高齢化、耕作放棄面積の拡大によって、すでに日本の農業は危機に瀕している。
従って農業の規模拡大や新規参入を促す強化策は本来、独立した産業政策でなければならない。TPP戦略の副産物のように扱うから、貿易自由化論議は常に「都市と農村の対立」に矮小化されてしまうのだ。
野田首相にその認識がなかったわけではあるまい。首相はAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議での参加表明を当面のゴールに見立て、その1カ月前から民主党内の議論を進めることによって、TPPへの理解が広く浸透することを狙った。政府・与党の合意を無視して新規の政策をぶち上げ続けた菅直人前首相が反面教師だった。
ところが、この「しこりを残さないように」という熟柿作戦は裏目に出る。山田正彦前農相を頭目とする「TPPを慎重に考える会」は、民主党の経済連携プロジェクトチーム(PT)会合を足がかりに反対の動きを強め、TPPは見る見るうちに国論を二分する政治テーマに肥大化していった。外国農産品の流入に脅える全国農協中央会が組織的に政界工作を進めた結果でもある。
この過程で、野田首相を取り巻く面々が水面下で党内の要所にグリップを利かせた形跡はない。藤村修官房長官しかり、輿石東幹事長しかりだ。首相は鉢呂吉雄PT座長(前経済産業相)の調整力に期待したようだが、鉢呂氏には荷が重すぎた。とりわけ存在感が乏しかったのは前原誠司政調会長だ。
前原氏は外相当時の2010年10月、日米関係のシンポジウムで講演し「日本のGDP(国内総生産)に占める第1次産業の割合を知っていますか? 1.5%です。1.5%を守るために、98.5%が犠牲になっているのではないか」と述べている。威勢はいいものの、配慮に欠ける前原氏の悪い癖が出た。農林水産業は無価値だと言わんばかりの発言によって、前原氏は議論を始める前から慎重・反対派の敵になっていた。
党側に丸投げして、分裂を招いたツケは、野田氏自身が払わなければならない。首相の記者会見は否応なく注目度が高まった。
興覚めだったのは、首相が会見日を1日遅らせて11月11日にしたことだ。まさか「1」が並ぶ日に験を担いだわけでもなかろう。9日にまとまった民主党PTの提言が、首相の参加表明を積極的に後押しすることなく、慎重派にも配慮する表現になったため、土壇場で「首相はためらっている」と受け止められた。
状況を変えるには勢いが要る。リーダーが八方手を尽くしてここ一番の勝負に出るとき、その言葉には自ずから人を動かす迫力が備わるものだ。しかし、人任せにし、最後に迷いを見せたような野田首相の記者会見は、とてもそのレベルには達しなかった。就任以来、最初の政治決断だったにもかかわらず、首相の言葉はありきたりだった。
「母の実家は農家で、母の背中のかごに入れられながら、のどかな農村で幼い日々を過ごした光景と土の匂いが、物心がつくかつかないかという頃の私の記憶の原点にあります」
首相は協議への参加表明に続いてこう述べたが、取って付けたような思い出話は、聞く者に強烈な違和感を植え付けずにはおかなかった。
◇グローバリズムと民主主義
「TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入ることにした。慎重論も強かったが、日本を再生し、豊かで安定したアジア太平洋の未来を切り開くため、私自身が判断した」
11月13日(日本時間14日)、米ハワイでの日米首脳会談で、野田首相はオバマ大統領に過去1カ月間に及んだ国内調整の「成果」を伝えた。TPPは経済マターであると同時に、日米同盟の絆をより強める政治・安全保障の案件でもあった。外務官僚の1人は「極端な話、日本がTPPと牛肉の輸入について決断すれば、(沖縄の)普天間が片付かなくてもいいという空気がオバマ政権にはある」と解説する。
APEC首脳会議では、日本に刺激されたカナダとメキシコも交渉参加を打ち出し、TPPの規模は一気に拡大する可能性が出てきた。
最終合意に達した場合、太平洋を取り巻く巨大な経済圏が出現する。ただ、関係国が多い分、協定交渉はより複雑になり、乗り越えるべきハードルも高まる。日本の外交力が試されるのはこれからだ。
同時に日本が交渉力を高めるには、国内において血のにじむような改革が必要になる。国境なき市場と主権国家の戦いだ。この過程では、民主主義の概念すら変わり得る。
京都大学の佐伯啓思教授は、グローバル化が政治に与える影響を憂慮している。「グローバリズムの中で民主主義という政治システムがうまく機能するかどうかが最大の問題だと思っています。金融政策も財政政策も基本的に一国を単位にして考えられていますが、いずれもグローバルな金融資本によって撹乱され、取り得る政策の選択肢が限られてしまう」(1月12日『毎日新聞』)
TPP問題の本質がここにある。果たして野田首相は究極の選択を迫られる日を見据えているだろうか。登るべき山ははるかに高い。
(この記事は政治(週刊エコノミスト)から引用させて頂きました)
集客
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)問題とは、詰まるところ、グローバリズムとナショナリズムとの調整プロセス、言い換えれば、国境を持たない市場と主権国家との駆け引きであろう。
国内の反対勢力から激しい突き上げを受けながら、生き馬の目を抜くような外交交渉の渦の中に飛び込む。時の政権にとっては実に分が悪く、厄介な話ではある。ただ、日本がこれからも通商国家、海洋国家として生きていくのであれば、新たなゲームのプレーヤーとして有利なポジションを目指すしかない。政治がそのストレスを拒んでいたら、理論的には鎖国に近づいてしまう。
野田佳彦首相はTPP参加について就任時から前向きな姿勢をにじませてきた。問題は、結論を出す過程で議論の共通基盤を築き上げたか、トップリーダーとして国民の胸に響く言葉を発したか、である。
◇裏目に出た「熟柿作戦」
貿易自由化の議論は、感情的な「農業切り捨て論」と結びつきやすい。国内農業の構造的な弱さは、TPP問題が浮上する以前から克服すべき課題であったにもかかわらず、歴代政権の怠慢によって放置されてきた。農業を担う層の高齢化、耕作放棄面積の拡大によって、すでに日本の農業は危機に瀕している。
従って農業の規模拡大や新規参入を促す強化策は本来、独立した産業政策でなければならない。TPP戦略の副産物のように扱うから、貿易自由化論議は常に「都市と農村の対立」に矮小化されてしまうのだ。
野田首相にその認識がなかったわけではあるまい。首相はAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議での参加表明を当面のゴールに見立て、その1カ月前から民主党内の議論を進めることによって、TPPへの理解が広く浸透することを狙った。政府・与党の合意を無視して新規の政策をぶち上げ続けた菅直人前首相が反面教師だった。
ところが、この「しこりを残さないように」という熟柿作戦は裏目に出る。山田正彦前農相を頭目とする「TPPを慎重に考える会」は、民主党の経済連携プロジェクトチーム(PT)会合を足がかりに反対の動きを強め、TPPは見る見るうちに国論を二分する政治テーマに肥大化していった。外国農産品の流入に脅える全国農協中央会が組織的に政界工作を進めた結果でもある。
この過程で、野田首相を取り巻く面々が水面下で党内の要所にグリップを利かせた形跡はない。藤村修官房長官しかり、輿石東幹事長しかりだ。首相は鉢呂吉雄PT座長(前経済産業相)の調整力に期待したようだが、鉢呂氏には荷が重すぎた。とりわけ存在感が乏しかったのは前原誠司政調会長だ。
前原氏は外相当時の2010年10月、日米関係のシンポジウムで講演し「日本のGDP(国内総生産)に占める第1次産業の割合を知っていますか? 1.5%です。1.5%を守るために、98.5%が犠牲になっているのではないか」と述べている。威勢はいいものの、配慮に欠ける前原氏の悪い癖が出た。農林水産業は無価値だと言わんばかりの発言によって、前原氏は議論を始める前から慎重・反対派の敵になっていた。
党側に丸投げして、分裂を招いたツケは、野田氏自身が払わなければならない。首相の記者会見は否応なく注目度が高まった。
興覚めだったのは、首相が会見日を1日遅らせて11月11日にしたことだ。まさか「1」が並ぶ日に験を担いだわけでもなかろう。9日にまとまった民主党PTの提言が、首相の参加表明を積極的に後押しすることなく、慎重派にも配慮する表現になったため、土壇場で「首相はためらっている」と受け止められた。
状況を変えるには勢いが要る。リーダーが八方手を尽くしてここ一番の勝負に出るとき、その言葉には自ずから人を動かす迫力が備わるものだ。しかし、人任せにし、最後に迷いを見せたような野田首相の記者会見は、とてもそのレベルには達しなかった。就任以来、最初の政治決断だったにもかかわらず、首相の言葉はありきたりだった。
「母の実家は農家で、母の背中のかごに入れられながら、のどかな農村で幼い日々を過ごした光景と土の匂いが、物心がつくかつかないかという頃の私の記憶の原点にあります」
首相は協議への参加表明に続いてこう述べたが、取って付けたような思い出話は、聞く者に強烈な違和感を植え付けずにはおかなかった。
◇グローバリズムと民主主義
「TPP交渉参加に向けて関係国との協議に入ることにした。慎重論も強かったが、日本を再生し、豊かで安定したアジア太平洋の未来を切り開くため、私自身が判断した」
11月13日(日本時間14日)、米ハワイでの日米首脳会談で、野田首相はオバマ大統領に過去1カ月間に及んだ国内調整の「成果」を伝えた。TPPは経済マターであると同時に、日米同盟の絆をより強める政治・安全保障の案件でもあった。外務官僚の1人は「極端な話、日本がTPPと牛肉の輸入について決断すれば、(沖縄の)普天間が片付かなくてもいいという空気がオバマ政権にはある」と解説する。
APEC首脳会議では、日本に刺激されたカナダとメキシコも交渉参加を打ち出し、TPPの規模は一気に拡大する可能性が出てきた。
最終合意に達した場合、太平洋を取り巻く巨大な経済圏が出現する。ただ、関係国が多い分、協定交渉はより複雑になり、乗り越えるべきハードルも高まる。日本の外交力が試されるのはこれからだ。
同時に日本が交渉力を高めるには、国内において血のにじむような改革が必要になる。国境なき市場と主権国家の戦いだ。この過程では、民主主義の概念すら変わり得る。
京都大学の佐伯啓思教授は、グローバル化が政治に与える影響を憂慮している。「グローバリズムの中で民主主義という政治システムがうまく機能するかどうかが最大の問題だと思っています。金融政策も財政政策も基本的に一国を単位にして考えられていますが、いずれもグローバルな金融資本によって撹乱され、取り得る政策の選択肢が限られてしまう」(1月12日『毎日新聞』)
TPP問題の本質がここにある。果たして野田首相は究極の選択を迫られる日を見据えているだろうか。登るべき山ははるかに高い。
(この記事は政治(週刊エコノミスト)から引用させて頂きました)
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